川崎市が目指す「特別市」〜その目的、課題、そして未来〜
川崎市が目指す「特別市」
〜その目的、課題、そして未来〜
新たな自治体の形を探る
1. はじめに
レポートの目的と概要
本レポートは、川崎市が目指している「特別市」について、その目的、課題や問題点、そして実現した場合の期待と未来について、わかりやすく解説することを目的としています。
現在、日本の大都市制度は様々な課題を抱えており、その解決策として「特別市」という新たな自治体の形が注目されています。特に神奈川県内の政令指定都市である横浜市、川崎市、相模原市は、この特別市の実現に向けて積極的に取り組んでいます。
特別市という概念の簡単な紹介
特別市とは、県の区域外となり市が原則として県の仕事をすべて担い、権限と財源を市に一本化する制度です。現在の政令指定都市とは異なる新しい自治体の形であり、広域自治体(都道府県)と基礎自治体(市町村)の二層制ではなく、一層制の地方自治体となります。
特別市の概念は1947年の地方自治法制定時に盛り込まれましたが、様々な理由により実現せず、1956年に代わりとして政令指定都市制度が導入されました。近年、大都市が抱える課題の解決策として、この特別市構想が再び注目されるようになりました。
2. 特別市の基本概念

特別市の定義
特別市とは、広域自治体(都道府県)に包含されない一層制の地方公共団体です。現行の地方自治法第2条第3項に規定する市町村(基礎的な地方公共団体)、同第5項に規定する都道府県(広域の地方公共団体)のいずれにも該当しない新たな地方公共団体であり、「特別地方公共団体」と位置づけられます。
特別市は、県の区域外となり市が原則として県の仕事をすべて担い、権限と財源を市に一本化する制度です。その事務は、現行の指定都市が担う事務及び道府県が指定都市の市域内において担う事務(ただし、包括する市町村間の連絡調整事務や補完事務を除く)を処理します。
特別市と他の自治体制度との違い
現在の日本の地方自治制度には、一般市、中核市、政令指定都市などの区分がありますが、特別市はこれらとは異なる新たな自治体の形です。以下に、特別市と他の自治体制度との主な違いを示します。
- 一般市:都道府県の管轄下にあり、基礎的な行政サービスを提供する基礎自治体です。
- 中核市:人口20万人以上の市で、政令で指定されます。保健所の設置など、一般市よりも多くの権限を持ちますが、都道府県の管轄下にあります。
- 政令指定都市(指定都市):人口50万人以上の市で、政令で指定されます。行政区を設置し、都道府県の事務の一部を処理する権限を持ちますが、都道府県の管轄下にあります。
- 特別市:都道府県の区域外となり、都道府県と市の権限・財源を一元的に管理します。一層制の自治体であり、1人の市長と市議会のみで地方自治を担います。
特別市と政令指定都市の最大の違いは、政令指定都市が都道府県の管轄下にあるのに対し、特別市は都道府県から独立した自治体となる点です。これにより、二重行政の解消や行政サービスの効率化が期待されています。
特別市の歴史的背景
特別市の概念は、日本の地方自治制度の歴史の中で何度か登場しています。1947年制定の地方自治法に「特別市」の規定が盛り込まれましたが、府県から大都市を独立させた場合に府県側に残る郡部が大都市から取り残されるという残存区域問題から、五大都市が推進派、関係府県が反対派となって激しく対立しました。
1956年に地方自治法を改正し、「特別市」の条項を削除のうえ、代わる制度として「指定都市」制度(政令指定都市制度)を導入しました。近年では横浜市、川崎市、相模原市等が、市域内の地方事務すべてを担う「特別(自治)市」の法制化を求めています。
3. 川崎市が特別市を目指す背景と目的

川崎市の現状
川崎市は、神奈川県の北東部に位置し、東京都と横浜市に隣接する政令指定都市です。人口は約154万人(2025年現在)で、7つの行政区から構成されています。川崎市は、京浜工業地帯の中核として発展してきた工業都市であり、現在も多くの企業が立地しています。
現行の政令指定都市制度の課題
川崎市を含む政令指定都市は、現行制度の下で様々な課題を抱えています。主な課題は以下の通りです。
- 二重行政の問題:政令指定都市は、都道府県から多くの権限が移譲されていますが、完全に移譲されているわけではなく、都道府県と政令指定都市の両方が同じような事務を行う「二重行政」の問題が生じています。
- 権限と財源のアンバランス:政令指定都市には多くの権限が移譲されていますが、それに見合った財源が必ずしも確保されていません。特に、都道府県税の一部が政令指定都市に配分されていないことが問題となっています。
特別市を目指す具体的な理由
川崎市が特別市を目指す具体的な理由は以下の通りです。
- 行政サービスの向上:特別市になることで、県と市の二重行政が解消され、窓口の一本化や手続きの簡素化が実現します。
- 効率的な行政運営:特別市になることで、県と市の間での調整や協議の必要性が減少し、政策決定や実施のプロセスが簡素化されます。
- 地域の自立性の向上:特別市になることで、川崎市は神奈川県から独立した自治体となり、より自立的な都市経営が可能になります。

4. 特別市構想の課題と問題点

特別市構想には多くのメリットがある一方で、様々な課題や問題点も存在します。
法制度上の課題
特別市は現在の地方自治法に規定されていないため、実現するためには法改正が必要です。法改正には国会での審議と可決が必要であり、政治的な合意形成が不可欠です。
広域的な課題への対応
現在、警察業務は都道府県警察が担っていますが、特別市になった場合、この扱いをどうするかが課題です。警察業務以外にも、広域的な防災対応や環境保全、交通政策など、広域的な調整が必要な分野が多くあります。
財政面の課題
特別市になると、市域内の県税収入が市に移管されるため、県の財政に大きな影響を与えます。神奈川県の試算によれば、横浜市、川崎市、相模原市が特別市になった場合、県の財源不足は約680億円になると見込まれています。
住民代表機能への影響
現行の地方自治制度は、広域自治体と基礎自治体の二層制で、それぞれに公選の首長と議会を置き、住民の多様な意見を反映させる仕組みになっています。特別市は一層制の自治体となるため、住民意思を的確に反映できるかどうかが課題となります。
5. 神奈川県と川崎市の見解の相違
特別市構想をめぐっては、神奈川県と川崎市(および横浜市、相模原市)の間で見解の相違があります。
神奈川県の懸念点
神奈川県は、特別自治市構想に対して以下のような懸念を示しています。
- 総合調整機能への支障:県の主張によれば、資源等が集中する指定都市が区域外となることで、県の「総合調整機能」に大きな支障が生じ、指定都市域を含む住民サービスが低下するおそれがあるとしています。
- 財政面からの影響:県の試算によれば、指定都市域の税源がすべて移譲されれば、大幅な県税の減少が生じ、県の財源不足は約680億円になると見込まれています。
- 県民・市民への費用負担:県の主張によれば、特別市になった場合、県庁舎や警察本部庁舎などを特別自治市の区域外へ移転する、または市への移管が必要となり、新たな費用負担が生じると懸念しています。
- 住民代表機能への影響:県の主張によれば、特別市は道府県と指定都市の権限と税財源を併せ持つ巨大な「一層制」の地方自治体となるため、住民意思を的確に反映できるのか疑問があるとしています。
川崎市の反論と主張
川崎市(および横浜市、相模原市)は、神奈川県の懸念に対して以下のような反論と主張を行っています。
- 二重行政解消の必要性:川崎市は、現行の政令指定都市制度では、県と市の間で二重行政が生じており、行政コストの増大や市民にとっての手続きの煩雑さ、政策の一貫性の欠如などの問題があると主張しています。
- 住民サービス向上の可能性:川崎市は、特別市になることで、県を通さずに国とも直接やり取りできるようになるため、スピーディな手続きが可能になると同時に、地域の声に柔軟に対応しやすくなると主張しています。
- 財政問題への対応策:川崎市は、特別市移行に伴い、市域におけるすべての地方税を一元的に賦課徴収することになりますが、これにより県に財源不足が生じた場合には、地方税財政制度の中で、地方交付税などにより措置されるものと考えています。
6. 特別市実現に向けた取り組み

特別市の実現に向けて、川崎市を含む政令指定都市は様々な取り組みを行っています。
法制化に向けた活動
特別市を実現するためには、地方自治法などの法改正が必要です。そのため、川崎市を含む政令指定都市は、国や国会議員に対して法制化を求める働きかけを行っています。また、市民に対して特別市構想の内容や意義について周知する活動を行っています。
神奈川県と3政令市の協議状況
神奈川県と県内3政令市(横浜市、川崎市、相模原市)は、特別市構想を含む大都市制度について協議するため、四首長懇談会を開催しています。両者は対話を続け、住民目線での最適な解決策を見出していく方向で一致しています。
7. 特別市になった場合の期待と未来
特別市になった場合、川崎市にはどのような変化が期待されるのでしょうか。
行政サービスの変化
特別市になると、現在県と市に分かれている窓口が一本化されます。これにより、市民は必要な手続きをワンストップで行うことができるようになり、利便性が大幅に向上します。また、県を通さずに国と直接やり取りできるようになるため、行政手続きのスピードが向上します。
財政運営の変化
特別市になると、市域内の県税収入が市に移管され、税財源が一元化されます。これにより、市の財政自主権が拡大し、より効率的な財源配分が可能になります。また、二重行政の解消により行政コストが削減され、その分を市民サービスの向上に充てることができます。
市民生活への影響
特別市になることで、市民生活には以下のような具体的な変化が期待されます。
- 福祉サービスの充実:現在は県と市で分かれている福祉サービスが一元化され、より包括的で切れ目のないサービス提供が可能になります。
- 教育環境の向上:県立高校と市立学校の連携が強化され、小中高一貫した教育政策の展開が可能になります。
- 都市開発の加速:都市計画や開発許可の権限が一元化されることで、より迅速かつ一貫性のある都市開発が可能になります。
- 産業振興の強化:産業政策の権限が一元化されることで、市の特性に合わせた効果的な産業振興策の展開が可能になります。
川崎市の将来ビジョン
特別市になった川崎市は、「力強い産業都市」「安心のふるさとづくり」「市民自治と協働のまち」という3つの基本方向を掲げています。特別市になることで、これらの方向性をより強力に推進し、市民が誇りを持てる都市づくりを進めることが期待されています。
8. 結論
川崎市が目指す特別市構想は、現行の政令指定都市制度の課題を解決し、より効率的で質の高い行政サービスの提供を実現するための重要な取り組みです。特別市になることで、二重行政の解消、窓口の一本化、手続きの迅速化、財政自主権の拡大など、多くのメリットが期待されています。
一方で、特別市構想には法制度上の課題、広域的な課題への対応、財政面の課題、住民代表機能への影響など、様々な課題や問題点も存在します。これらの課題を解決するためには、川崎市と神奈川県の間での建設的な対話と協力が不可欠です。
特別市構想は、単に行政の効率化や権限の拡大を目指すものではなく、最終的には市民生活の質の向上を目指すものです。そのためには、市民の視点に立った議論と検討が必要であり、市民参加の仕組みの充実も重要な課題です。
川崎市が特別市になることで、市民にとってより身近で効率的な行政サービスの提供が実現し、市の特性を活かした独自の政策展開が可能になることが期待されます。そして、それが市民生活の質の向上と川崎市の持続的な発展につながることを願っています。